2011年12月01日
東日本大震災・気仙沼市Part2
今は廃車済みの車置き場となっています。

R45を南下して陸前階上駅付近。もちろん気仙沼線は不通。
この付近は全く建物はなくただ瓦礫の巨大な山がいくつもできていました。
この綺麗な青空の下、あまりにも切なく哀しい風景がどこまでも広がっていました。


Posted by ほおのき at 17:52│Comments(4)
│出張
この記事へのコメント
あるトーク番組では
『増税するために特別財源をポンと出さないのでは?』
復興を増税するためのチャンス…道具としてしか考えていないのでは?
とある著名人が語っていました…
まぁ…同じ血の通った人間として、
そんなことはあり得ない…あってはならない
と信じていますが、いかんせん
国民を疑心暗鬼に皆をさせてしまうほど、
色んなことが遅すぎるのかな…
皆一人ひとりができることを真剣に考えて
取り組んでいるはずなのですが。
『増税するために特別財源をポンと出さないのでは?』
復興を増税するためのチャンス…道具としてしか考えていないのでは?
とある著名人が語っていました…
まぁ…同じ血の通った人間として、
そんなことはあり得ない…あってはならない
と信じていますが、いかんせん
国民を疑心暗鬼に皆をさせてしまうほど、
色んなことが遅すぎるのかな…
皆一人ひとりができることを真剣に考えて
取り組んでいるはずなのですが。
Posted by ひかり☆ユッタ
at 2011年12月02日 16:01

確かに対応が遅すぎますね!
議員や官僚たちは自分たちの
任期が無事終了するのを
待つために延ばし延ばしに
していると云われても
仕方がないような言動が目立ちます。
議員や官僚たちは自分たちの
任期が無事終了するのを
待つために延ばし延ばしに
していると云われても
仕方がないような言動が目立ちます。
Posted by ほおのき
at 2011年12月02日 18:03

今夕、テレビのニュースの中で
気仙沼出身のシンガーソングライター
熊谷育美(くまがいいくみ)さんを紹介していました。
彼女は3.11のあの日、あの時間に気仙沼港にいて
地震直後は高台に逃げ、かろうじて助かったものの
ふるさとがたちまちのうちに海にのまれ、崩壊していくのを
目の当たりにしたそうです。
それまで、辛い時、苦しい時は海を見に行き、
海が気持ちを癒してくれていたそうです。 その海が・・・
彼女の透き通った歌声が流れました。
「僕らの声」 「雲の遥か」 心に響く素敵な歌詞でした。
聴いているあちらこちらの被災者達の目から大粒の涙が・・・
どうぞ機会があったら聴いてみてください。
気仙沼出身のシンガーソングライター
熊谷育美(くまがいいくみ)さんを紹介していました。
彼女は3.11のあの日、あの時間に気仙沼港にいて
地震直後は高台に逃げ、かろうじて助かったものの
ふるさとがたちまちのうちに海にのまれ、崩壊していくのを
目の当たりにしたそうです。
それまで、辛い時、苦しい時は海を見に行き、
海が気持ちを癒してくれていたそうです。 その海が・・・
彼女の透き通った歌声が流れました。
「僕らの声」 「雲の遥か」 心に響く素敵な歌詞でした。
聴いているあちらこちらの被災者達の目から大粒の涙が・・・
どうぞ機会があったら聴いてみてください。
Posted by おしんこ at 2011年12月05日 22:49
是非聴いてみたいと思います。
地元の人たちは海とともに暮らし
海に多大なる恩恵を受けているため
あの大津波を恨むようなことを
言う人がいないことに驚きました。
地元の人たちは海とともに暮らし
海に多大なる恩恵を受けているため
あの大津波を恨むようなことを
言う人がいないことに驚きました。
Posted by ほおのき
at 2011年12月06日 17:44
